祖母との思い出

高身長低姿勢のかしこまり王子ナガヨシです。

ブログにこのテーマを書くかどうか考えましたが、昇華の意味でも書いてみようと思います。

先月中頃に祖母が永眠し、最期のお別れをしてきました。
92歳。本当にすごいです。
人形かと思うくらいに美しい顔で、ただそれが骨となって現れたときには現実味がありませんでした。
左膝の膝小僧の骨を壺に入れました。
近年は認知症で家族のことも認識出来ていなかったことに、「幸せってなんなんだろうな」という答えのないような問いが頭をぐるぐる回っていました。

僕の幼少期から小学生にかけてなんですが、姉・兄とは歳が離れていて、母はパート。夕方過ぎに家族の誰かが帰ってくるまでは、ずっとばあちゃんと過ごす子供時代でした。
すごろくしたり、トランプで遊んだり、今思えばわざと負けてくれてたななんてことも分かりますね。笑
文句も言わず、飽きずに付き合ってくれました。

自分のこと以上に孫たちを優先する姿に、思春期の頃には過保護だななんて面倒に思ってしまった時期もありましたが、母と同様に無償の愛を注いでもらったことに感謝でいっぱいです。

ばあちゃんとの思い出はたくさんありますが、一番感じていたのは安心感でした。
どんな時も寄り添ってくれて、味方でいてくれて、包み込んでくれて。
小さい頃は母とではなくて、ばあちゃんとお風呂に入っていたなー、なんてことを書きながら思い出します。

もうすぐ初盆です。
物心ついてからの家族の死というのは初めてでした。
“死”ということを目の当たりにして、ばあちゃんがいなかったら、両親も、そして僕自身もいなかったんだなということを今更ながらに思います。
祖母は三人の孫と、これまた三人のひ孫に囲まれて見送られました。
自分の想いを託す未来の存在があること、これが1つの幸せの形でもあるのかなと染々思いました。

そして、血の繋がりなんて関係なく、時には家族以上の熱さでかかわり合うNCGの会話文化に改めて凄さを実感している最近です。

たくましく頑張ろうながよし。

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