われら忍びのものに限らず

ピュアなアクティブエイリアン薄田です(^_-)-☆

今回は、今読んでいる本について。
池波正太郎の「真田太平記」

なかなか読み応えのある大作で現在は4巻目。その245ページ。
真田の女忍者が敵地である伊賀に潜入したが、察知され、瀕死の重症を負い、老忍者に助けられ、老忍者とかわした会話。

女忍者:
「私はもう死んでも良いのです!」

老忍者:
「われら忍びのものに限らず、人という人は己のためのみに生くるのではないぞ。おのれの無事を願い、己のために尽くしてくれる他の人々のために生きねばならぬ。生き抜かねばならぬ。これが人というものじゃ!」

この会話が、今の自分に、強烈に、鮮明に入ってくる。

2つのことが思い浮かぶ。

一つは娘のこと。去年、何度も「死にたい!」と言われたのだけれど、その時の悲しみは強烈だった。こんな辛い思いを娘にさせていたのか!という後悔の思い!

もし、自分が最初に、この老忍者の様な言葉を娘に掛けていたら、娘は同じ言葉を繰返さず、立ち直ってくれたかもしれない。

もう一つは自分自身のこと、NCGの中で話していて最近よく思い知らされるのだけれど、自分が好き勝手に生きてきていること。「人のため」とか言って何となく良いことっポイ事をしているけど、よくよくその心を見ると、自分の利益のためで、その行動に何の責任も取ってない自分がいること。

自分が生きれているのは周りの人達のお陰なのに、その人達のために生き抜く!というところには自分は全く居ない!

まさに自分自身が老忍者に叱咤されてるような感覚になる。

5年くらい前かな。朝活で知り合った男性が
「本が一番安い人生鍛錬!」みたいなことを言ったのだけれど、本当にそう思う。

自分の経験にもなく頭にもない、全く他の人の人生、世界観を教えてくれる。

真田太平記は、400年以上前の忍者社会という、全く自分とは関係のない世界のようだけど、
関係なくは無いんですよね〜。

その人達の活動のあとに、今の社会が出来て、たまたま今自分が、生かされているだけなんですよね。
400
年前の人達も自分も、人に対する恨み、怒り、感謝や思いやりは、何も変わらない!
その事を思い知らされます。

人生を探求中の私にはとても貴重な本です。読書コーナーのようになってしまいましたが、
ぜひ、皆さんも読んでみて下さい。
(^o^)

 

 

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