因果応報

こんばんは!依存心をあおる脱グレートシングルマザー美鈴です。昨夜、シェアオフィスのメンバーと、落語をききにいきました。三遊亭わん丈さんの独演会でした。わん丈さんほんっとに素敵すぎました❤︎

あー楽しかったーーー!!!!!と大満足で帰りました。今度福岡にいらっしゃる時はまた行きたい。

で、今日になって、私の中に響いていた「因果応報」のことば。

昨日のお話は、牡丹灯籠(ぼたん どうろう)の中の一部だったのですが、その中でこの言葉が出てきたのです。

簡単にその場面を説明すると、

主人公は孝助という奉公人。4歳の時に殺された父親の仇討をしたいと、飯島平左衛門の元で武家奉公に励んでいました。

平左衛門は、とっても人の良い方でしたが、実は昔父親を討った仇は、この平左衛門だったのです。孝助はそれを知らずに献身的に仕えていましたが、ある時それを知った平左衛門は、わざと孝助に自分を殺させるように仕向けました。そして、ある夜、孝助は主人とは別人だと思って平左衛門に槍を刺しました。

これを平左衛門は「因果応報」だと言っていました

平左衛門は、孝助を育て、自分の命を持って仇を討たせた。自分のしたことを自分で責任を取るってこういうことかしら???と考え深かったり。

最近、私もよく因果について考えます。

因果応報の意味は、原因があり結果がある。人はよい行いをすればよい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるという意味で使われます。

今まで私は、何か問題が起こると全部、運が悪かった!とか、あの人が悪い!とか、環境が悪い!とか何かのせいにしていたんです。

でも、全てのことに原因があるんですよね。

原因があるとしたら、どうして今、私はこのような状況下にいるのだろう???

って自分の中を深ーく見ることにしました。

ものすごく客観的に、子供の頃から今までの過去の自分の言動を思い出したり、日記書いたり、人と話したり。

だんだん見えてくれば見えてくるほど、なーんの言い訳もできないくらい、私に全ての原因があるように見えてきて。

人との出会いにも本当に意味があって、繋がりあって、気づきあっているんだなぁと、ある意味ものすごく感動。

落語は人間模様の縮図のような感じですよね。日常の中で「人のご縁って不思議!」と思うことは多いけれど、落語の中ではそれをすごく感じます。

過去の自分の思いや言動が「今」の現実を創っているならば、未来を作るのは「今」の思い、言動ですよね。

って考えたら、うかうか適当に生きてられない。って思います。今を、どんなことを思い、どんな行いで生きるか??すごく意識的に生きようって思いました。

落語、これから機会があればどんどん聞いてみようと思います♪

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