僕は自分失くしの旅に出ている

高身長低姿勢のかしこまり王子ナガヨシです。
今回のテーマは自由。
ということで、好きなテーマを各々書いているのですが、これまでのzero活動を振り返ってみようと思います。

自分らしさって何だろう?なんて、思い悩んだ人が、”自分探しの旅”を実行することがあるけども、実行するかしないかの違いだけで、自分探しって誰しもが行った経験があると思う。
改めて、自分らしさとは何だろう。
zeroで活動する中で、何度も問いてきた。

「なんでみんなこんなにキラキラしてるんだろう?」
zeroのイベントに参加したての頃の一番の印象はそこだった。
仕事と家の往復の日々。
(このままいくと5年後、10年後の自分はああなるんだろうなぁ。)なんて諦めに近い将来像が見えていた時期。
だからこそ、ますますzeroのメンバーは輝いて見えた。個性も、団結も、さらけ出す姿も全てがカッコいいなって。ああなれるものならなりたいなぁ、と憧れに近かった。

zeroのイベントに初参加した1年後、僕はzeroメンバーになっていた。
ちょうど退職したというタイミング的な部分もあったけど、ありったけの勇気を振り絞っての決断だったのを覚えている。
その決断を出来たのも、メンバーの輝く姿に憧れていたからだ。
そして、自分の可能性にも賭けてみたかった。
見えていた10年後の姿と、zeroに飛び込んだ10年後の姿。
楽しみなのは圧倒的に後者だったから。

入ってすぐ、最初の役はステージ上でのパントマイムだった。前座チーム。本番まで10日間くらい。
ただでさえ人前を避けてきた自分。
ましてや、ダンス経験もない自分がパントマイムなんて。
でも、不思議と(出来ない‥。)とは思わなかった。
出来る、出来ないという視点よりも、いかに来てくれる人を喜ばせるレベルまでに間に合わせるか。
この視点にスライド出来たのは、zeroメンバーのお陰だった。
誰も失敗は考えてないし、ましてや楽しんでいる。その部分に刺激をもらったと思う。


本番も無事に終わった。すごいね!といういくつもの声が自分を労い、満たしてくれた。
「人前は苦手」という”自分らしさ”がなくなった瞬間だった。

zeroに入っての一番の学びは、”自分らしさ”はつくれるということだ。自分じゃ出来ないということにチャレンジ出来る環境。
逆に言えば、自分が思う”自分らしさ”って、単なる縛りというか。

“自分失くしの旅”を、メンバーとやっていく。
人に何かしらのメッセージを与えられる生き方が出来ればなと、そう思っている。

長くなりました。ながよしだけに。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です