坂本有沙ヒストリー

幼いころの私と、兄と母。


私には3つ年上の兄がいて、兄とは小さい時から兄妹ゲンカが多かったです。兄に“ブス”と言われていたことがきっかけで、私は“ブス”という言葉に敏感になって男性と深く関わることが苦手になったんです。その言葉から私はブスなんだーと思い込んでいました。
それから我が家では母の影響が大きくって、母の機嫌を損ねると、知らないうちにゴミ箱にポイッと捨てられてしまうんです。例えば、母の手作りお弁当にブロッコリーがたくさん入っていたことがあって、「ブロッコリー減らして欲しい」と私が言ったら、「明日からお弁当は作りません」と言われて、翌日にはお弁当箱ごと捨てられていました。それから、外ではニコニコ優しい表情で不満なことがあっても一切口にしない母なんですけど、怒ったらめっちゃ怖くて、断食の刑や洗濯ものをわざと洗わなかったり、用事を託けるふりして玄関の外に締め出されることがあったんですね。もう怒ったらそんなことがずっと続くので、1週間くらいたって見兼ねた父が仲介に入ってくれて、誠心誠意を込めて謝り、ようやく母の怒りがおさまるんです。家と外では違う面のある母の姿を見て、女性って怖いなっと思うようになり女性不信が始まりました。

NCGzeroとの出会い


兄が就職してしばらくしてうつ病になって塞ぎこんでいる時期があったんですけど、その兄がNCGzeroのイベントに通っていて元気になっていったんです。「zeroってどんな人達なんだっ?」と気になっていた頃、そのとき既にメンバーである吉冨(純粋な浮気者トミー)さんと兄と3人で会う機会があったんですけど、それが縁で「至福のブランチ会」というイベントに行ったのがきっかけでzeroのみんなに出会いました。話すことが苦手な私は、名前と「よろしくお願いします」しか言えなくって、恒例のペアトークも沈黙で終わっていました。そして兄の「ブス」というトラウマの言葉もあって、“男性の9割の人は酷いことを言う生きものだっ!!”と思っていたので、わざと子供っぽくして可愛がってもらおうとして全く話さずにいました。あとから、「これは私の処世術なんだっ!」と知ることになります。当時、私が実年齢よりだいぶ幼くみられる理由もここにありました。

そして、2013年10月に開催されたハロウィンイベントに参加した私は、めっちゃでっかい蝶ネクタイを付けて満面の笑みで司会をしている兄を見て衝撃を受けました。兄の後をついていくように、zeroのイベントに毎回参加していて、だんだんとzeroのみんなと会うのが楽しくなっていきました。
なんか今までに味わったことのない感覚だったので、「へぇーこんな世界があるんだーっ!!」と感動。いつのまにか友達もどんどん増えていって、zeroメンバーの個性にも魅力を感じてとにかくみんながまぶしかったことを覚えています。

関原さんの言葉とzeroメンバーへの仲間入り


イベントに参加し始めてから1年ほど経った頃に、ビッグイベントの準備を手伝うことに挑戦して、イベントの裏方や準備をするメンバーの姿や熱い思いに感動しました。
そして、関原さん(シザーマウスくみこ)との出会いも私にとってはとても貴重で、関原さんの電子書籍である『自分でやる美容整形』を読んでみて、「とてもキレイで素敵な女性だと思っていた関原さんが自分のことをブスだと思っていたなんて!!」と、私は驚きながらも「関原さんが変われたんだったら、私も変われるかも!!」と衝撃を受け勇気をもらいました。
また、2014年の9月に開催されたビッグイベント『ゴドーを探せ!』という “自分の人生のシェア劇”で自分の人生をシェアしたところから自分が親離れできないことに気付いたり、男性も女性も怖いことから誰とも人間関係を作れない自分の現実を知りました。
「私にはもっと会話力(話せる力)が必要なんだっ!!」と感じて、泣きながら関原さんと話していた時に「一緒に生きよう!」と言ってもらえた言葉で「私もこの人たちと一緒に生きたいっ!」とNCGzeroメンバーになる決断をしました。

少しずつ変化を感じていく自分


元々、人前に立つことや目立つことが嫌いで、服装もベージュ色かグレー色が多くて、街の風景や建物に同化しようと思っていて無難な母が選んだ洋服ばかり着ていました。当時の私は「オシャレは、モデルのようなスタイルが良い人がするもの!」と思っていたので、オシャレには全く無頓着。ですがzeroメンバーからアドバイスをもらったり、関原さんに髪を切ってもらってヘアカラーもしてオシャレにも少しずつ挑戦するようになりました。私のカラータイプが冬タイプだと教えてもらい、今までなら絶対に着ることのなかった原色の洋服を着てみると、みんなから「その洋服、ありちゃんに似合うね!」と言われてとても嬉しかったのを覚えています!イキイキしながら楽しんでいるzeroメンバーの姿を見て、「どんな人でもオシャレをして良いんだ!」と思うようになり、この頃から少しずつ自分の変化を楽しむようになっていました。

頑固者?ニックネームのわけ


zeroメンバーには、面白いニックネームがあって、まず、zeroメンバーになると一同が集まるミーティングがあるんです。そこでニックネームをみんなが決めてくれて、私は「カマトト座敷童子」とわずか10分で満場一致で名付けられました。
知っていることでも「わかりません」と言ってとぼけたり、子どもぶったりすることをメンバーのみんなにすでに見破られていて、それをカマトトと表現されたんです。
またzeroのイベントなど、みんなと話していると幼いころのことを思い出すのですが、みんなと関わるなかで、私は頑固者であるということに気付きます。
小学5年生の時に母に甘えていたら、兄に「そんなぶりっ子みたいな声出すな!」と言われたことから、それ以来15年間以上、兄だけには低音でしゃべっていて「絶対に普通の声の高さで話さんけんなーっ!」と意地を張っていました。また、私が高校生の時に親戚みんながいるところで父から「ブタ」と言われました。それに怒った私はご飯を食べなくなりました。それが1日2日ならまだしも2年くらい根に持ち続けて、体重が38キロになり、保健室の先生から「このまま食べないと死んじゃうよ」と言われるまで食べなかったんです。それくらい子供の時から筋金入りの頑固者だったようです。関原さんからは「有沙、山奥の岩のように頑固だねー!会話すればその頑固さも砕けていくけんね!」と言われ、今では少しずつ進化していると思います。

今後の目標


今後の目標は、「大人の女性になる!!」ことです。
私はずっと、子どもっぽくしていることが自分の個性だと勘違いしていました。私も強くて太陽のように周りの人を元気にするような大人の女性になることが目標です。「大人の女性とは何なのか?」まだ未知な部分も多く探究中なんですけど、いろんな人と出会って、会話力を磨いて、恋愛もしていこうと思っています。やっぱり人と会うのが楽しいと思うこと自体が自分の中で大きな変化ですね。営業の仕事も、経験を積んでいきたいと思います!