藤川真一ヒストリー

zeroに出会うまでの人生

一言で表すなら、料理一筋の人生でした。料理人の道に進もうと思ったきっかけは小学生の時に読んでいた漫画『美味しんぼ』です。板前の岡星さんという登場人物が、ストーリーの中で何度も料理で主人公たちを勇気づけている姿が印象的で、料理で人の役に立ちたいという思いを抱くようになりました。
実家は大工の家系で、父も大工一筋の職人気質でした。父と同じフィールドには立ちたくない、別の道に進みたいという反発心もあり、15歳で家を飛び出して料理修行の道に進みました。雇ってくれるお店を探していましたが、何度も門前払い…。その中で唯一「真面目そうだ」と私を受け入れてくれた料亭で、住み込みで働き始めました。一日20時間働いて、とにかくゼロから仕事を覚えていきました。23歳で料理長になりましたが、教えられる、指示を受ける立場から一転、自分が教えて、チームをまとめる立場に。色々と気を遣うことも多く、とにかく重圧に感じて嫌でした。

そして26歳の時に福岡市内の飲食店で働き始めました。3年間で達成する予定の売上を何とか2年で達成できた年の大晦日の夜、お店では開店以来の最高売上達成を祝う忘年会が開かれていました。楽しそうなみんなをよそに、自分が「何のために」働いているのかが見えませんでした。

zeroとの出会い


働きすぎて体を壊した私は仕事をやめ、しばらく旅に出ていました。そんな時に出会った方のお店で働くことになりました。すると店舗のオーナーから、「会話力を磨くプログラムがあるから、来てみないか?」と誘われたんです。このプログラムはNCGzeroの母体であるNCG(ナガイコミニケーショングループ)が開催しているものでした。私は極度のあがり症で、ウエディングの料理を担当した際に、料理長のスピーチというのを頼まれたのですが、本番で緊張して頭が真っ白。それまで何度も話すことをシミュレーションしていたにも関わらず…です。スピーチに限らず、大勢の前に立つと必ずと言っていいほど上がって、上手く話せませんでした。そんな自分を変えたいと思ったので、迷わず「行きます」と答えました。

プログラムの感想は「何かよく分からんかったが凄かった」という感じでした。「母のコピーが自分で、父がナビゲーター」の提言が「あぁ、そうなんだ、私はそのまま当てはまる」と驚きました。15歳で家を飛び出して大工になった父と同じように、私も家を飛び出して料理人になりました。まさにシンクロしていて、知らなかった世界でした。それから定期的にプログラムに参加するようになり、自分がほぐれていきました。

zero入り


NCGのプログラムに参加する中で、NCGzeroの前身にあたるダイアローグカフェがスタートしました。ダイアローグカフェとは、その名の通り、対話して仲良くなって、友達を創ろう!というイベントです。活動を行うにつれて、NPO法人NCGzeroを設立しようという話がでました。NCGzeroでは「言葉が先」と言ってとにかく言葉したことをチームで実現してゆくのです。それまでの私は無言実行タイプで、一人で目標を立てて一人で実現のために黙々と頑張る、といった生き方で孤独でした。言葉して皆で創り上げる事の喜びをもっと多くの人に知ってもらいたいと思い、運営メンバーになることを決めました。
メンバーになって印象的なエピソードがあります。以前、朝コン列車(2013年5月19日)という、電車を貸し切って、車内で沢山話して友達作りをしようというイベントを開催しました。前日になって衝撃の事実が発覚。手違いで列車が予約できていない!当然、一般の乗客がイベント用車両に乗り込んでくるし、また当日はテレビ取材も入っており、大混乱になりかねない。それでもやる!と決めて当日に臨みました。
当日、車両が予約できていなかったため、色んなことがおきました。一般の乗客が乗ってきたり、車掌さんからアナウンスで注意されたり・・・てんやわんやしながら、アクシデントがある度に、理事長の松田さんをはじめとしたzeroメンバーが乗客や車掌さんとトコトン会話して、無事開催することが出来て、ゲストの方にも楽しんでいただけました。私はその時司会をしていたのですが、「やる」と言ったらその言葉通りにやり遂げる凄さを感じました。

zeroに入って変わったこと


仲間と話せるようになった事です。相手をやる気にさせて、会話からチームワークを創ってゆけるという事が分かってきました。父親との関係もほぼ絶縁状態だったのですが、NCGに関わってからは会話を重ねるようになりました。父が大動脈瘤で緊急手術が必要になった際、私は会話のプログラムの責任者を務めていました。「仕事を中途半端にしたくない」という言葉が自分の中にあり、それを父に正直に話したところ、父も「お前に仕事を投げ出してほしくなかった」と言ってくれて、感謝の気持ちが湧いてきたのを覚えています。

ニックネームのわけ


私のニックネームは「良妻賢母のアンパンマン社長フジカワ」です。面倒見がよくて女性的だとよく言われます。掃除、洗濯、裁縫が得意で、家事をするのも好きです。NCGzeroの女性メンバーから奥さんになって欲しいとアプローチされたこともありました・・・子供の頃に母から「これからは共働きの時代だから、男も家事を覚えること」と言われていました。両親共働きだったので、学校から帰ると家事を一通り済ませて父母の帰りを待っていたんです。それが良妻賢母のルーツだと感じています。今も、お店での賄いはほとんど私が作っています。おいしい賄いをつくってあげたい、相手を応援したい気持ちになりますね。アンパンマンは私の顔を見て、昔の仕事仲間がつけたニックネームです。アンパンマンマーチの歌詞も好きなので、気に入っています。

今後の目標


NCGzeroの看板イベント「世界で一番幸せな朝ごはん会」を、日本を飛び出して世界へ広めるという目標があります。イベントの枠を超えて、朝ごはんを通して人が出会うという文化として根付かせていきたいです。そして今、NCGzeroではメンバー全員が事業者になるという目標をもって動き出しています。そのプロジェクトを一緒に成功させたいですね。人を長生きさせたいという想いもあって、長生き料理の創作にもチャレンジしていきます。