堀尾健一ヒストリー

幸せな?人生


昭和34年に島根県松江市で造船所勤務の父と共働きの母との間に生まれ、一人っ子として育ちました。小さい時は近所に男の子がおらず、女の子しかいなかったので、彼女たちと縄跳びやママゴトをして遊んでいて、男の子としてチヤホヤされていたと思います。zeroに入って気づいたんですが、私は女性を無条件で尊敬しているのに対して、男性には勝ち負けをしていまうんですよ。例えば朝ごはん会で男性がシェアしていて笑いをとっていると嫉妬してしまうんですよ!私よりも面白くないと思っている人だとなおさら。今思えば幼少の時に女性からチヤホヤしてもらったことが影響していますね。
大学は島根を離れて北九州市立大学へ進学しました。その時の落研で一緒だった環と大学を卒業後に結婚、一男一女を授かりました。 いくつかの転職を経た後に生命保険会社に20年勤務した後、独立開業し現在に至ります。
NCGzeroに出会った頃はまだ生命保険会社に勤めていました。その時の目標は「56歳アーリーリタイヤ、気ままな老後ライフ」で、早く仕事から解放されることを望んでいたんですよね。それが幸せだと信じて疑いませんでした。しかしアーリーリタイヤまで2年に迫った54歳の時、喉が腫れて病院にいったところ、悪性リンパ腫の疑いがあると診断されてました。この時はものすごくビビり上がりました。
今、死んだら自分の人生は何だったんだろう?そんなことを考える日々でした。

NCGzeroとの出会い


2013年4月頃の事でした。 悪性リンパ腫の疑いがある中、死の恐怖に震えていました。加えて大好きな愛娘かな子の大学卒業を目の前にし、子が巣立つ寂しさが募っていました。振り返ると私は娘を溺愛して恋人のように接していました。娘が小さい時から一緒に遊び、モーニング娘のコンサートに一緒に行ったのは良い思い出です。子育てがひと段落してこれから私はどう生きていけば良いのか??
「56歳アーリーリタイヤ、気ままな老後ライフ」を目標にただ生きてきて、自分があと2年で56歳を迎えると気付いた時、妙な意図切れ感を感じていました。幸い悪性リンパ腫ではなかったのですが、夢だった56歳以降の人生が現実味を帯びてきて、生きる意欲が無くなっていたのだと今は思います。 何かしなければ老いる!そう感じて、インターネットで朝活を検索したところ「朝読書会」というものを発見し、行ってみたのです。そこで出会ってしまったのがNCGzeroの純粋な浮気者トミーさんでした。 久しぶりに面白い人に出会ったと感じ、トミーさんが言うNCGzero主催の「世界で一番幸せな朝ごはん会」なるものに行ってみました。テーマは偶然にも「落語」でした。落研出身の私は、次々と会場の爆笑を取り、久しぶりに青春の感覚を思い出したのです。あぁ、楽しい。若い娘たくさん、あぁ、可愛い。素晴らしい。

zero入り、人生はこれからだ!

それから、NCGzeroのイベントに毎回出るようになりました。そして衝撃的だったのがXmasトレイン(2013年12月23日開催)という列車の中でクリスマスパーティをするというビッグイベントでした。 そこでは、年齢も職業も体裁も関係なく、男女が楽しく交流する素晴らしい世界が広がっていたのです。フィナーレはダンスでした。うら若き女性が私に飛びつきチークを踊りました。その瞬間、ずっと忘れていた自分の中の男性としてのエネルギーが目覚めたのでした。中年だ、老後だとあきらめていた私が、一人の男として青春を取り戻したのです。 「人生これからだ!」私はNCGzero入りを決めました。当時NCGzeroメンバーはみんな10歳も20歳も年下の我が子みたいなメンバーばかり。きっと浮いていたでしょうね。

zeroに入ってかわったこと


人と会うのが楽しくなりました。 NCGzeroに関わった当初は、メンバーから「友達になって下さい!」なんて言われると、「大の大人が何言ってやがる、気色が悪い。」とひねくれていました。家族さえいれば、仕事関係の人以外は友達なんていらないと思いこんでいました。長年保険という仕事を通して、本音と建前みたいな人間関係の作り方が身についていたのでしょう、NCGzeroメンバーになっても大変苦労しました。 でも、無邪気なメンバーや、関わってから出会ったたくさんの方々のお蔭で私も随分と学ばせて頂きました。 今では、「友達になりましょう!」と素直に言える自分がいます。本当は友達が欲しかったんですね。
あと、変わったのは妻との関係ですね。妻とは、長年一緒にいましたが、NCGzeroに関わってから対話を大事にするようになりました。本当に向き合って話してこなかったものだから、子どもがいなくなると大変でした。何を話していいものやら。でも、妻がNCGzeroのイベントに参加するようになってから、妻と話す機会が増えていきました。最初は妻が本音を話し始めて焦ったんですよ。娘が小さい頃にふたりでモーニング娘のコンサートに行った件も、妻には事後報告でした。この件だけでなく私は妻に相談せずに色々決めることがあり、妻にはいつも事後報告で、けっこうワンマンでした。妻はそれを不満に思っていたようです。妻は素直で、何でも「ウンウン」と聞く性格だと思っていたので、彼女の本音を聞いて本当に驚きました。そんなこと思ってたの!
共通の話題やこれからの人生を話し合えるパートナーに変わってきました。それがとても嬉しいですし、彼女と結婚して良かったとしみじみ思います。また娘のかなこは私が言うのもなんですが、妻の性格と一緒でとても素直に育ってくれました。自分のひねくれが彼女に受け継がれていたら大変なことになっていたと思います。

ニックネームのわけ


チョイ悪亭HENTAI紳士ホリケンという名前を頂きました。 チョイ悪亭は、落研出身で地黒だし腹黒いイメージからでしょうか?どうですか皆さん? HENTAIはあくまでローマ字です、変態ではないことをくれぐれもご注意下さいね。変態では無いのです。変態は捕まりますからね。 あと紳士だなんて嬉しいですね。zeroの男子は困ったことにレディの扱いを知らない。女性は花なのだよ!女性は女神だ、素晴らしい!男たるもの紳士であらねばならぬことを皆さんにお伝えするのも使命だと感じております。 あとは、堀尾健一だからホリケン。堀尾さんって呼ばれるよりホリケンさんって気軽に呼んでいただけると嬉しいですね。
あと私には間違いを正したくなる癖があって、人の言い間違いを細かく指摘してしまうんです!なんでかって?それが楽しいからです。また正しいことを指摘することで優越感を感じようとしていたみたいです。私が言い間違いを細かく指摘しても嫌いにならないでくださいね!

今後の目標


自分の様に、定年や人生の終盤を迎え、真面目に、一所懸命に生きてきた方々に「人生これからだ!」ということをメッセージしたいですね。 あとは、夫婦のパートナーシップや対話の大切さなんてものも、おこがましいですが伝えたいと思っています。 歳をとっても心はイタズラ少年で。人を(特に女性を)笑わせたり楽しませたり、良い意味で不良中年でありたいです。 皆さん、共に生涯現役でいきましょう!!女性の皆さん、そして男性の皆さんも、ホリケンと友達になって下さい!