木塚ふみヒストリー

zeroに出会うまでの自分の人生


私は三人姉妹の末っ子として佐賀で育ちました。一番上の姉とは16歳離れていて、小さい時は外で遊ぶのが大好きで、サッカーしたりキックベースしたり、 男の子みたいな女の子。うちは三人姉妹で女系家族だったので、皆んな男の子をほしがっていたと、誰に言われたわけではないけど感じてて、自分は男の子だったら良かったのに!と思っていたんですよね。あと、うちの周りでは女は男をたてろ!とか、女はだまって自分の意見をいうなぁ!みたいな風潮が強くて、女でいることは損だとも思ってたんですね。

実家は自営業を営んでいて、とっても貧乏。いつも両親は夜遅くまで働いていて、私はお荷物なんじゃないかと心配していました。というのも、母は私を妊娠したときに周りに妊娠八ヶ月まで秘密にしていたという話を後で聞きました。
「私がいるから両親は遅くまで働かなくちゃいけないの?」、「私なんて生まれてこなきゃよかったんじゃないか」って自分を責めていたんです。
だから早く独立したい!早く自分でお金を稼げるようになりたい!と思っていました。中学校の時なんてお金がなくて塾にも行けなくて…勉強は家で父が一生懸命教えてくれていましたね。
高校は工業高校・建築科に進学しました。その理由は貧乏で家が古かったからで、私が家を建て直す!って思っていたからなんです。当時は携帯電話が欲しかったけど買ってもらえず、自分でバイトしてお金貯めて買ったりで、携帯代もiモードで月6万円の支払いでバイト代を稼ぐのも必死でした。笑
専門学校に行きパソコンやIT、インターネットの世界を勉強したくて、埼玉に行くことを決めました。

学校にいきながら働いていたのですが、希望に胸を膨らませた社会人生活とは裏腹に、会社の同僚とコミュニケーションが上手く取れなくて苦しむ日々で、特に女性と人間関係つくるのが苦手だったんです。

そんな時に職場の先輩が力づけてくれたのがきっかけで彼と付き合うようになりました。その彼と21歳で結婚したんですが、 私が良い奥さんでいようとして色々今振り返ると、お金のこと、子どものこと、未来のこと、お互いに全く話し合えていませんでした。彼との関係が冷めていくなかで「本当の自分の幸せってなんだろう」と本気で考えるようになり。 「この人じゃない!」と思って離婚することにしました。 約2年間の結婚生活にピリオドを打つことを決め、
今まで進路や仕事でも「自分で決めて」結果や事後報告することが多かったので、離婚したことも両親には黙って実家へ帰省。。。笑。
「お父さん、お母さん、私離婚したけん!」「今日実家帰るけん!」って電話で伝えました。電話した当日に引越し業者が実家に到着。今思うと、すっごい破天荒な人生だなと思います。

離婚後はリセット期間も含め、ふと福岡に引っ越そうと決めて、カフェに就職を決めて福岡に住むことにしました。 カフェでは急に責任者になり、うまくチームをつくれず、ストレスがたまり、はけ口がなくてお酒に溺れ「誰とも関わらなければ傷つかないし、傷つけない!お金さえあれば、ひとりでも生きていける!」と投げやりの毎日。。。けど、本当は孤独で寂しかったんです。

zeroとの出会い

お金を稼げるようになったものの、本当に話せる友人もおらず孤独でした。そんな時にFacebookで関原さんのタイムラインが流れて来て、興味を持ったのがキッカケでした。関原さんがFBで「人生とお金」をテーマに投稿されていたんですが、そこの文章から伝わるエネルギーを感じで、何この人!?すごい!関原さんに会いたい!!って思いました。会いたいと思っていたけど緊張しちゃって、実際に「世界で一番幸せな朝ごはん会」に関原さんに会いにいくまで半年かかりました。参加したらとても楽しくて、毎回参加するようになって。

zero入り(zeroに入ろうと思ったきっかけ)

 

zeroメンバーとの交流が増えるなかで、運営している皆んながキラキラしてかっこいい!って思ったんです。自分も運営する側になって人を楽しませる方になりたい!という思いが膨らんでいました。そんな時に 関原さんに「zeroを一緒にやらんね?」声をかけられたことがとても嬉しかったし力になりたい!と思い決断しました。

zeroに入ってかわったこと

100%自分を出せるようになったことです。自分が貧乏だったこと、離婚歴があることを人に言えなかったんです、自分の話なんかを聞いても人が暗くなるだけだぁと思っていたんですよね。だけど自分の人生のシェアをすることで逆に力付いてくれる人が出てきて、自分を出して良いんだ!と思えるようになって、話せるようになりました。あとzero活動を通してファッションなどに触れる機会が増えて、女性としての自分を認めることができるようになったことも、変わったことのひとつです。昔はあんなに「男の子に生まれたかった!」と思っていたのに(笑)

ニックネームのわけ


私は3人姉妹の末っ子なんですが、実は甘えん坊なんですが、男勝りで、先陣きって突っ走るところがジャンヌダルクのように見えるようです。そこから「末っ娘ジャンヌダルクふみ」とみんなが名付けてくれました。私は今、zeroファームという農業プロジェクトの責任者をしているんですが、農業経験も人脈もないのに、よしやるぞ!!と突っ走る姿も、ジャンヌだね!と仲間から言われます。

今後の目標

zeroファームを通して、人と話せる喜びや可能を伝えたい、人との関わりに喜びを持つことが生きがいに なってくれるような場所を作り上げたいですね。
また人が自然に触れて元気になる、美味しい野菜を食べてもらう、またそんなzeroファームでできた野菜を通していろんな人とコラボしたいです〜。
また農業とWEB、半農生活、新しい働き方を私なりにメッセージしていきます。