荒谷朋子ヒストリー

大好きなこと見つけた


私は3人姉弟の次女として、佐賀県で生まれました。小さい頃からお絵かきが大好きで、チラシの裏に絵やセリフを書いて、ホッチキスで閉じて自作の漫画本を作って友達に見せたりと、好きなことに時間を忘れてずっとやっちゃう子だったんですよね。 中学生になって、母が買っていた雑誌”オレンジページ”に載っていた藤野真紀子さんのお菓子を見て「かっこいい!」とお菓子作りにはまってそれを見て毎日毎日、自分が満足いく出来栄えになるまでお菓子を作り続けたんです。
その頃から、将来は料理研究家になりたいと思うようになりました。 高校を出て、料理専門学校に入ろうと思ったのですが、親の「大学だけは出とかな!」という説得に負け、福岡の中村学園大学に入学しました。そして 大学を卒業して食品メーカーに入りました。

食品メーカーで正社員として働きながらも、将来はカフェオーナーになりたいと思うようになり、休日を利用してイベントで焼き菓子を売ったり、出店したりしました。 社会人になって11年目の33歳に友達の雑貨屋さんのお店の一部を間借りして、10席程の「おやつカフェルクー」を開店、その1年後に資金を集めて、とうとう梅光園に念願の自分のお店「カフェルクー」を開きました。

夢が叶ったのに何か足りない


カフェオーナーになって、自分の好きなことをやれるようになったのに現実は大変でした。やっと売り上げが上がったと思ったら支払いで出ていくことの繰り返しだったんです。 ありがたいことにたくさんのお客さんに来て頂きましたが、現実は大変でした。お金のことや休みがないこともきつかったですが、何より一番きつかったのは孤独なことでした。一緒に働くスタッフはいたけど、本音で話すことができておらず、頼る人もいませんでした。

振り返ってみると小さい頃から甘えることが苦手でした。父と母は洋服屋を経営しており、小学校が終わるとお母さんに会いたくてお店にいっていました。お母さんはいつも接客中で「裏にいなさい、接客中でしょ!」と怒られました。あと3歳年下の弟がいて、本当は私もお母さんに甘えたかったんですが、お母さんを弟に仕方なく譲っていましたね。そんなことから甘えたくても言葉にせず、欲しいものがあっても言えませんでした。

カフェをオープンして3年目の疲弊している時に、ルクーの上の階でヨガサロンを経営されていた中村美鈴(依存心をあおるシングルグレートマザー美鈴)さんに誘われて、彼女が主催している個人経営者向けのイベントに参加しました。そこに今のzeroメンバーの吉冨(純粋な浮気者トミー)さん、堀尾さん(チョイ悪亭HENTAI紳士ホリケン)がいて、「世界で一番幸せな朝ごはん会」に誘われたんです。 当時の私は下がる一方だった自分のやる気をなんとか上げたくて参加することにしました。 朝ごはん会では美味しい朝ごはんを食べながら、周りの皆さんと仕事とは関係ない話をするのが楽しくて、そして周りの方も私のことをとっても承認してくれました。 朝ごはん会に参加したら、その日一日元気でいられるのと、参加した日はお店の売り上げもなぜか上がるんです!自分が楽しいとお客さんも来るって気づきました。 それからzeroのイベントに行けるときは必ず参加するようになりました。

この人達と生きていきたい


zeroメンバーが通っている対話のプログラムに定期的に参加するようになり、皆んなと本気でかかわるようになりました。それから4か月くらい経つ頃に、「NCGzeroに入る気は無い?」と皆から言われるようになりました。誘ってもらえるのは嬉しかったけど、お店があるし、その気はありませんでした。
ある日、zeroの代表の松田(愛とムチの二刀流ド天然理事長さわこ)さんからお弁当屋の田ぐり庵さんのサンドイッチ弁当のメニュー開発の仕事を依頼されました。相変わらず時間は無かったのですが、私を選んでもらえたことが嬉しく、「やります!」と即答しました。 そしたら、「朋ちゃんはプロだから」と一切注文をつけず、完全に任せてくれたんです。結果的にそのサンドイッチ弁当が他社とのコンペに勝って大量注文が決まりました! この人達は私のことを詳しく知らないのに信頼してくれて、皆が協力してくれることに驚きました。 「この人達と生きていきたい」と思い、恩返しがしたいと思うようになりました。
6月に、関原(シザーマウスくみこ)さんから「いつzeroに入ると?」と言われた時には断る理由がありませんでした。(ちなみに「夏(8月ごろ)に」と答えたら「遅いよ」と言われ、翌月から入ることになったのです(笑))

毎日がジェットコースター!


実際、お店を経営しながらzeroに入ってみると、毎日いろんなことが起きて、きつい、嬉しい、不安、面白い、と毎日がジェットコースターに乗っているようでした。 毎週火曜の朝、福岡市の薬院でミーティングして、すぐ六本松に戻ってお店を開けて、また夜はNCGzero活動・・・それまでひそかな楽しみだったテレビドラマも全然見なくなりした。 でも、人生が充実してきたんです! 今まで何でも一人でやっていたのが、皆で創り上げる楽しさを感じるようになり、会話するのが楽しくなりました。会話も単なるおしゃべりというより、自分や相手の感じることやお互いの癖とか、自然と深く話すようになって、中でもお金の話や貯金が無いことは今まで絶対言えなかったのが普通に話せるようになりました。少し前まではお金が有るか無いかで気分が良かったりしょんぼりしていたのに。 周りの人たちが私の料理やセンスを承認してくれて、自分に価値を見いだすことができ「自分が居ていいんだ」って思ったのも大きいですね。

ニックネームのわけ


頑固者であると同時にイギリスの「鉄の女」と呼ばれたサッチャー首相のように強い女性という意味なんです。最初のミーティングで皆がつけてくれました。 実際、私は人と意見がぶつかっても譲らないんです。相手が誰であっても・・・
今年(2018年)の2月にzeroのご縁で藤川(良妻賢母のアンパンマン社長フジカワ)さんと共同で「カフェレストラン 不二ラパン」をオープンさせたのですが、オープンを決めて、お店の方向性を藤川さんと話し合った時から、それまでとても仲が良かったのにお互いに衝突するようになりました。私は意見が合わなかったら相手の意見に「うん」と言うものの、正直な性格(?)で顔に出てしまうんです。 私も藤川さんも人一倍(三倍?)タフなのですが、この時ばかりは二人とも疲れ切って表情にも出てしまい、周りからとても心配されました。 その結果、なんとNCGzeroを巻き込んでの話し合いに!そこでようやく本音でぶつかり合って話が進むようになりました。 それからは時にはぶつかることがあっても何でも話し抜くようになりました。私も藤川さんもやると決めたことは何があってもやり抜くタイプでなので、短い準備期間で大変でしたがオープンに向けて一気に進みました。今では藤川さんが私と組んで丸くなったと評判です(笑)。

出会う人達をまあるい気持ちに


お店の名前「不二ラパン」もNCGzeroの皆でつけてくれました。意味は富士山のようにどっしりした藤川さんと、その上で遊ぶウサギ(=フランス語でラパン)が私、という意味なんです。 いくつかのメニューに「まあるい」という言葉を入れてるんですが、来てくれた人たちが皆、温かくてほっこりした気持ちになって欲しくてつけました。 私は料理でメッセージすることができて、とてもラッキーだと思うんです。 お店に来た人が元気になったり、友達ができて楽しい笑顔が出るようになったらいいなあ。 料理教室もしたいし、他のお店のコンサルやメニュー開発、ケータリングもしたいんです。 お店もスタッフを増やして、海外にも日本のおもてなし文化を広げたいですね。 それが世界に伝われば平和になると思いますし。 NCGzeroもお店も自分たちのアイデアをどんどん形にして、もっと世の中の人たちに喜んでもらえるようになりたいですね!